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第5回:対談 ゲイリー芦屋+山口優(前編)〜タイムマシンを作っていたようなものです

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©京都アニメーション/うさぎ山商店街

『たまこまーけっと』の音楽を深く掘り下げていくこの連載では、音楽制作を担当した作家集団、マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツ(マニュエラ)の皆さんに、どのように楽曲が作られていったかをお聞きしています。

今回からは、劇中曲にフォーカスしたお話を前後編の2回に分けてお送りしましょう。そもそもこの劇中曲、本当に実在する楽曲かのように扱われていて、エンディングでは架空のクレジットまで流れるという手の込みよう。しかもその楽曲はオールディーズやフレンチポップスからホラー映画のサントラ、エキゾまで、ジャンルも時代も幅広いものでした。実際にだれが作曲したのかはしばらく伏せられていたので、“特定班”が混乱したということもあったようです。その辺の事情も含めて、お話を伺っていきたいと思います。

徹底的なシミュレーション

――山口さんが劇中曲をゲイリーさんに振ろうと思ったのは、どういった理由からですか?

山口 劇中曲は全部で10曲あって、その半分、特にシミュレーションが大変そうだった5曲をゲイリー芦屋が担当してます。劇中曲では多ジャンルにわたって細かい解釈をしなければいけなくて、膨大な音楽知識と情熱と分析力、さらにはそれを具現化できる力量を考えると、ゲイリー以外あり得ませんでした。ゲイリーは求道家と言えるくらいの研究者で、映画にも滅法詳しい。一方でもちろん優秀な表現者でもある。他人の音楽をあまり聴かないミュージシャンも多くいますが、彼は優秀なリスナーであることが優秀な表現者であることの立脚点になっているタイプなんですね。彼が弊社の所属じゃなくても頼んでいたかもしれません(笑)。ただ、ゲイリーが劇中曲を作っていることは3月の頭まで内緒にしないといけなかったので(編注:放送は2013年1月~3月)、そこがちょっと可哀想でした。アニメの話がどんどん進んでいるのに、ゲイリーは全く参加していない体(テイ)になっていて、ネットでは「劇中曲も片岡(知子)さんが作っている」みたいに断定されていましたから(笑)。

芦屋 でも、あの状況は面白かったですね(笑)。

山口 そう、意外と本人は楽しんでいたという。

――ゲイリーさん的には、劇中曲のオファーがあった時にどう思われました?

芦屋 すごい盛り上がりましたよ。「お金をもらって、そんなことをやって良いんですか?」って(笑)。ただ、うれしいと同時にヤバいなとも思っていて……。徹底的にシミュレーションを突き詰めてしまったら、またそういうニッチな作曲家だと思われてしまうんじゃないか、と。

山口 でも、今回のように突き詰めてシミュレートする機会は、なかなか無いからね。

芦屋 そうなんですよ。あと、ここまでのレベルに達しているシミュレートは僕も聴いたことが無かったので、やりがいはありました。昔を再現するという試みはいろいろな人がやっていますけど、やっぱりどれも違う。今の音なんですね。それで「これだ!」と思えたことが無かったんですけど、今回は「これだ!」って思えましたからね。たぶん「ここまでは許されるだろう」という時代的なフィルターを取り払って、当時の音をそのまま作ろうとしたのが良かったんでしょうね。

山口 これは本当にやるんだったらタイムマシンを作った方が良いくらいのことなんだよね(笑)。

芦屋 気持ち的には、タイムマシンを作っていたようなものですよ。一番大きいのはスピリッツの部分で、演奏に参加しているメンバーが全員、ある時代の空気を再現しようっていう共通の目的意識でツーカーになっている人間同士でないとダメなんです。だからいわゆるスタジオ系のミュージシャンではなく、音楽的な技量もありつつ、こういう音楽を本当に好きだという、両方の条件をクリアしていないとお願いできない。ベースの松野肇さん、キーボードのショック太郎さん(blue marble)も優れたプレイヤー、コンポーザーであると同時にハードコアなレコードコレクターでもあり、この辺りのポップスへの切実な愛情を持っている方々なんですよね。逆に言えば、セッションメンバーが決まった段階で、曲はほぼできていたようなものなんです。「このメンツでやるなら、こういう曲でしょ」っていう感じで。

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山口優氏

音響ハウスでのセッション

山口 今回の劇中曲は、レコード屋さんでかかる昔の曲を、パロディではなく一から作ってしまおうということで始めたんです。パロディとシミュレーションの違いは何かと言うと、特定の曲を下敷きにするわけではなく、時代の設定や楽器の設定も含めた細かいディティールを詰めていって、そこから別な歴史を作り出していくということ。

芦屋 もし自分が60年代のロスに生きる作曲家だったら……とか、そういう妄想するの趣味ですからね(笑)。

山口 最初に作ったのがオールディーズとフレンチで、時期的には60年代初期~半ばみたいな感じだったので、最初から予算度外視で頑張っちゃった(笑)。

芦屋 気合いを入れましたね。エンジニアは飯尾(芳史)さん。どなたにエンジニアをお願いしようか悩んでいた時に、BOX(杉真理、松尾清憲、小室和幸、田上正和)を聴き返したら、「やっぱりこれが一番近いんだよね」ということでお願いしました。

山口 スタジオは音響ハウスで、楽器やマイクもできる限りビンテージの本物を用意したのはもちろんだけど、録音の仕方については結構いろいろな説が出たよね。エレキとベースとドラムが大きいブースで一緒に入って演奏して、アコギ2人だけ小さいブースに入れたんだっけ?

芦屋 そうですね。ピアノはブースに入れてドアを半開きにしてました。全員同じ部屋でかぶりまくりというのも試したかったんですけど、飯尾さん的にはそこは結論が出ていて、「あんまり効果が無いよ」ということで。もうちょっと試行錯誤したい気持ちもあったんですけど、いきなり正解にたどり着いてしまったのでこれはしょうがないですよね。あと、ダビングは絶対にしないということで、曲の頭からおしりまで“せーの”で一発録りでした。レコーダーはAVID Pro Toolsで192kHz録音だったので、ビンテージのマイクを使って昔のセッティングをして、飯尾さんのFAIRCHILD(コンプレッサー)を使って、新旧のテクノロジー合わせ技ですごく良い音で録る。だから過去でもあるし、同時に未来でもある。それで出来上がったのが、「My Love’s Like」(Cage North)と「Un Lieu de Rencontre」(Marilou)なんだなっていう感慨があります。でも、考えてみれば昔の音って良い音で録られていたんですよね。それを今のテクノロジーで再現するってこういうことなんだなって思いました。

山口 飯尾さん独特のミックス哲学によって作られた部分も大きいよね。ちなみにこの2曲は、モノラルミックスだったね。

芦屋 そうなんです。この時代のシングル盤はモノラルでの再生を念頭にミックスされてましたから。

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ゲイリー芦屋氏

 劇中曲の参加者たち

山口 「My Love’s Like」はイギリスのエレクトロアーティストのMAX TUNDRAが歌って、作詞までしてくれてるんだけど、彼の日頃の活動を知ってる人は皆驚いてたね。

芦屋 ヒゲの未亡人の国内ツアーで一緒に回っていて、だんだん仲良くなってきたので頼みやすくなってきて……。

山口 ゲイリーにはツアー中にホテルで作曲してもらってたんだよね。

芦屋 頼んで良いのかも分からないし、「やっぱり断られるかな?」なんて思って躊躇していたんですけど。そもそも監督からいただいていた「My Love’s Like」のサンプル曲が朗々と歌い上げる系の曲だったんですよね。で、みんなで京都駅のラーメン屋に入ったらウォーカー・ブラザーズのヒット曲がかかっていて、MAX TUNDRAが「これってクサイ歌い方だよね~。このビブラートなんてMOOGの発振音じゃないの(笑)?」みたいな話を始めた時にパっと”Moog Guy”のネタを思いついて。それで「実は、朗々とした歌が欲しいんだけど、MOOGの発振音風に歌ってくれない?」って頼んだら、面白がってやってくれた。だから、ラーメン屋でウォーカー・ブラザーズがかからなかったら「My Love’s Like」のボーカルはMAX TUNDRAじゃなかったかもしれないですね(笑)。でも、“偶然は必然だ”って言うじゃないですか?

山口 MAX TUNDRAには「日用品への偏愛を恋愛になぞらえた歌詞を作ってくれ」ってリクエストしたんだけど、その通りに書いてきてくれて感激したよ。歌もロンドンで何度か録り直してくれて、すごく親切だったし。演奏者はゲイリーが呼んできてくれた方々だったけど、主にモッズ系の人たちなんだっけ?

芦屋 モッズ~ネオGSの流れを汲む人たちですね。ボーカル、ギター、ドラムといった主なメンツはThe Ricottesというガール・グループのメンバーを中心に構成されてます。The Ricottesのリーダーで今回アコギを弾いてくださったケルプ教授は、かつてネオGSのHershey’sのメンバーだった方。ドラムの林克典さんは、The Breakers直系のお弟子さんでモッズの流れの人でもあります。西東京の中古レコ屋文化、古着屋文化とともにこのシーンは70年代から基本となる美意識を変えること無く、音楽の聴き方からファッションからすべてがここに冷凍保存されているんですよね。

山口 器用に時代の波に乗ることより、“これ一筋!”を追求してきた……というところだよね。

芦屋 マニアックに追求しすぎた結果、その時代感覚が身体的に完全に染み付いてしまっていて、結果的に60年代当時のスタジオミュージシャンと同じ状況になっているんだと思います。林さんのドラムを初めて聴いた時に、オカズのフレージングが完璧にハル・ブレインだったんですね。激しく感動して「いつか60年代サウンドの音楽を作るときは、絶対にたたいてもらおう!」と心に決めてました(笑)。ビンテージ機材のみならず、スティックの持ち方、フレージングもすべてあの時代のもの。やっぱりディティールが大事なんですよ。

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©京都アニメーション/うさぎ山商店街

山口 「Un Lieu de Rencontre」は、監督からはある程度具体的なフレンチポップのイメージを提示されてたんですが、ちょっとクールな印象があったので、もうちょっと王道ポップスっぽい明るさをプラスしたくて、ゲイリーに相談したんだよね。

芦屋 山口さんにイメージ的なものを提出した時点で、どういう方向性にしょうかはだいたい決まっていました。メロディが似ているとかそういうことではないんですけど、アイドル歌手のシャンタル・ケリーくらいのさじ加減なのかなって。まあ、唯一残っているのはシャッフルのリズムだけですけど。

山口 さっきも言ったけど、これはCage Northと同じセッションで録音されてるんだよね。でもミックスというか、最終的な音像はずいぶん違う。

芦屋 Cage Northはスペクターサウンドの中でもあまり壁になってない、もっと言えば失敗したものを目指してました。本当はもっと“どどーん”と分厚い音壁をそそり立たせたかったのですが、そこはぐっとこらえてベニア板くらいに抑えてるんです。Marilouも音壁にしたくなるのをグっとこらえてありふれた60年代の音像を目指してる点では同じですが、国もアレンジの方向性も違うのでマイクのセッティングから全部やり直してます。

山口 ありふれた60年代の音像。それが一番難しい(笑)。

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©京都アニメーション/うさぎ山商店街

(後編に続く)

山口優(やまぐち・すぐる)

マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツ代表。1987年に松前公高とのユニット“EXPO”でデビュー。
現在までCF・ゲーム・テレビ・Web・プロダクトなど様々なメディアのサウンド制作を数多く手がけている。
「UNIQLO」各種サイト、「iida INFOBAR」など。
またプロデューサーとしてマニュアル・オブ・エラーズ全体の仕事を取り仕切っている。
所属プロダクションによるプロフィールはこちらへ。

ゲイリー芦屋(げいりー・あしや)

スキャット・口笛などラウンジ系劇伴やオーケストラ劇伴を得意とし、映画、ゲーム音楽を多数手がける。
黒沢清監督作品、清水崇監督「呪怨」(ビデオ版)やホラーゲームの代表作 「SIREN」など、Jホラーを牽引する一人である。
また、犬童一心監督作品、NHKドラマ、特撮ものなど幅広く活動している。
近作はNHKの人気ドラマを映画化した「サラリーマンNEO 劇場版(笑)」など。
所属プロダクションによるプロフィールはこちらへ。

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