
©京都アニメーション/うさぎ山商店街
マニュアル・オブ・エラーズ(マニュエラ)が音楽を担当したアニメ『たまこまーけっと』(京都アニメーション)は、劇伴やオープニング/エンディング、キャラソンに加え、劇中曲という架空の楽曲も登場する不思議な作品です。音楽プロデューサーを務めた山口優氏を中心に、マニュエラの作家陣にこれまでお話を伺ってきましたが、今回は本丸である京都アニメーションを訪れ、山田尚子監督を直撃! 前後編の2回に分けて、貴重な対談をお届けします!
山田監督のバンド体験
――『たまこまーけっと』の音楽があまりにも素晴らしかったので、『Sound & Recording Magazine』という雑誌のWEB記事でマニュエラの皆さんにいろいろお話をしていただいたのですが、今回は山田監督にご登場いただけるということで、また違った角度から『たまこまーけっと』の音楽に光を当てられるのを楽しみにしています。
山田 サンレコ様は、若いころにそっと拝読させていただいておりました……。
山口 サンレコ様って(笑)。専門誌なのに読者だったとはビックリです。
山田 私にはハードルが高すぎますので、分かったふうな顔をしていただけですが……。なので、今日はすごくうれしいです。よろしくお願いします!
山口 ということは、監督は音楽をやってたということですか?
山田 小さい頃にピアノは習っていたんですけど……。音楽作りのまねごととかは、高校生と大学生のときにちょろっとだけですね。
山口 バンドをやっていた?
山田 ええ。飾り物みたいなギター/ボーカルでしたけど……。
山口 おお、そんな経験があったんですね!
山田 いえいえ、だから飾り物みたいな感じなんです! 特に機能してなかった(笑)。大学のときのバンドでは、3つくらいのコードで何とか構成してもらって、それでちょっと良いテレキャスを持たせてもらって……。そのバンドは、ギターとベースとドラムとKORG Electribeの人がいて、4人編成だったんですけどね。
山口 いきなりサンレコっぽく機材の名前が(笑)。
山田 学生だしみんな貧乏だったので、ちょっとずつお金を出してElectribeを買ったりしてたんですよねぇ。
山口 Electribeの入ったバンドって、時代的にはSUPERCARみたいな感じですか?
山田 多分もっとゴリっとしていましたね。
山口 バンドをやっていたというのは、監督にとっては影響が大きいですか? 青春感みたいなものに、結びついていたり。
山田 そうですね。でも、でも、ジャージを着てぬいぐるみを背負ったりするようなバンドだったから、あんまり青春っぽくはなかったかもしれない(笑)。ギターの人なんて技巧で選んだので、「このバンドだと恥ずかしいから」って、ライブで覆面をかぶられたりして。めちゃめちゃうまかったんですけどね。
山口 その感じが、また青春と言えなくもない。
山田 へっぽこな感じは、確かにそうかもしれませんね。ただ、青春感ということでは、高校の時にやっていたコピーバンドの方がありました。みんなで音を合わせて演奏するっていう経験を、そこで1回できていたのが大きかったんじゃないかと思います。
頭の中で鳴っていたスペースポンチ
山口 今回、僕らが音楽を担当することになった経緯に、監督はどうかかわってたんですか?
山田 まずは、『たまこまーけっと』の音楽を中村(伸一/ポニーキャニオン)さんが担当してくださることが決まって、それがとてもうれしかったんですね。でも、まさかマニュエラさんが担当することになるとは思っていなくて……。「こんなマニアックなところで、決めてくださるとは!」って(笑)。『けいおん!』が陽だとすると、陰というか……。あれ、これだとマニュエラさんが陰みたいな言い方になってますね(笑)。そういう意味ではないんですけど……。メジャーに対するサブカルチャーと言うか……。
山口 でも、そんな僕らのことをもともと監督が知っていたというのが、最初のビックリだったんですよ。
山田 音楽発注で「こういうのが良いです」って中村さんとお話をしていたときも、頭の中ではスペースポンチ(編注:岸野雄一、岡村みどり、松前公高、常盤響によるバンド。岡村、松前両氏はマニュエラの作家として、『たまこまーけっと』にもかかわっている)なんかが鳴っていたので……。
山口 打ち合わせでポカンとされそうですね(笑)。
山田 ただ、劇伴としては可愛らしくなるけど、深夜帯のアニメとしては少し個性が強いかもしれないなと思っていたんですよ。それで音楽発注では特に具体的な名前を出さないようにしていたんですけど、中村さんから片岡(知子)さんのお名前を聞いた時には、すごくうれしくて爆発しそうでした。
山口 僕ら職業作家なので、普段作るものは実はそんなにマニアックではないんですよ(笑)。むしろ映像に合わせすぎちゃうのをどうやってやめるか、いつも考えてるくらいで。でも今回は映像の方のすごみがハンパなかったんで、逆にアーティスト性をぶつけていかないとまずいと思ってました。
山田 ありがたいお話です……。深夜帯のアニメで、アーティストっぽさをどこまで出して良いかは、きっと難しいところで……。言ってしまえば、変に嫌悪感を抱かれてしまうかもしれないし、敷居が高く感じられてしまうかもしれない。でも、その辺りのバランスはとても丁寧に考えてくださっているなと、初めて山口さんとお話したときに感じました。そして上がってきた曲を聴かせていただいて、さらにうれしくなりました。曲調も音色も、本当に『たまこまーけっと』の世界にぴったり過ぎでしたし。
山口 片岡はいつも生真面目にリクエストに向かい合う作家なんですが、今回は僕も想像していなかったゴールに向かって走り出していた感があります。
山田 最初に、片岡さんと音楽打ち合わせをさせていただいたじゃないですか?
山口 あの “色指定の音楽打ち合わせ”ですね(笑)。あの打ち合わせで、片岡はビビっと来たみたいで。
山田 お話をしていて、自分もすごくビビっと来てました(笑)。
山口 女子同士がビビっときて、僕だけが取り残されてたんですね(笑)。でも片岡が、あの打ち合わせのことを後から何度も言っていたんですよ。
山田 それはうれしいですね。あのときはなるべく具体例を挙げないように気を付けていて、極力イメージしている曲名を言わずに終わった感じが、自分としては達成感があったんです(笑)。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街
音と映像と色と空気
山口 あの時もそうだったんですけど、監督との打ち合わせは、僕らが普段してる感じと全然違うんですよね。
山田 擬音とかですか?(笑)。
山口 それも含めて「監督は言葉で伝える人じゃないんだな」というのが、僕の第一印象だったんです。
山田 そうですか。言葉だけだと誤解が多いので、いろいろな伝え方を試したりはしています。
山口 それは作品にも見事に反映されてますよね。いわゆる“物言わぬカット”がいっぱいあって。
山田 少し分かりにくいと言われることもあるんですが……。
山口 でもそれは監督の作品の魅力の1つにもなってますよね。ほかのスタッフさんには世界観だけ伝えたりするんですか?
山田 もちろん言葉で伝えますし、そのように努力していますが、どうしても感覚的な表現に寄ってしまうことが多いかもしれません。顔とか、空気の色とかにおいで伝えるというか(笑)。
山口 顔で(笑)。
山田 はい、顔で(笑)。1つ1つの具体的なエピソードはもうシナリオで文字になっていたりしますので、後はそれらをつつむ世界の色というか……。作品のコア部分に触れるときほど感覚的な表現が増えてしまいますね。伝えたいことのイメージモチーフをずらっと並べて、相手の反応を見ながらじわじわと詰めていく感じです。1つの言葉にしぼってしまうと意味が限定されてしまうのが怖いんだと思います。言わなければ分からないとか、見せなければ分からないとか、そういうことは絶対あるし、それはやらなければいけないところなんです。だけど、それをどれだけ、音と映像と色と空気で見せられるかというところを、大事にしています。その中に、もちろんテキストも重要なものとして存在しています。

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山口 ただ、一方で言葉で説明しないカットがいっぱいある分、逆に言葉がとても選ばれてもいて、そのあたりの分担というか、監督やほかのスタッフの役割がどうなっているんだろうというのがずっと気になってたんです。社内の人と作業をしていく中でも、言葉で説明しないことが多いんですか?
山田 これでも、自分ではすごく説明していると思っているんですよ(笑)。でも、「あまり説明してないような……」と言われることもあります。あまり言葉での説明が得意でないんですね。なんとか頑張って言葉を使っているんですけど……。幅を持った話し方をするので、はっきりとした答えがほしい方はすこし戸惑うことがあるみたいです。それでも、必ず考えているゴールにたどり着くように道を作って、そこはブラさないです。
山口 社内でもああいう感じなんですね。
山田 ずっとお仕事してくださっている、キャラクターデザインの堀口(悠紀子)さんと初めて組ませていただいたときからその辺りの感覚でシンパシーを感じてしまったので、どうしてもその感じでやってきてしまったところがある。吉田さんも、1つ1つの言葉の選び方に宇宙がつまっているというか、行間が呼吸しているかんじなんです。だから、打ち合わせで“ちゃんと伝わるお話ができるように”っていうのは、自分としてはリハビリみたいなものだったり。
山口 なんか大変そうな話になってきた(笑)。
山田 片岡さんと打ち合わせをしたときも、私はめちゃくちゃ心を決めて臨んだんですよ。リハビリのつもりでプレゼンしよう、と思って(笑)。でも話していたら、どうもいけそうだ、と。自分が無理しないでもいけそうな感じがしたので、あとはもう……。
山口 空気で伝わる感じがしたんですね。2人の世界には、僕は入れなかったけど(笑)。
山田 なんだか、具体例を挙げているときよりも片岡さんの反応が良かったんです。あ、今染み込んだな。っていうのが見えたというか。お話の中で、山口さんが「あ、あれだね」って言ってくださったのもずいぶん大きいと思うんですけども(笑)
山口 僕はかえってありがたかったんですよ。こちらが勝手に解釈する余地を与えてもらえるのは楽しいです。勝手にやっちゃってよかったのかどうかは分からないんですけど(笑)。
(次回は後編をお送りする予定です)
山口優(やまぐち・すぐる)
マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツ代表。1987年に松前公高とのユニット“EXPO”でデビュー。
現在までCF・ゲーム・テレビ・Web・プロダクトなど様々なメディアのサウンド制作を数多く手がけている。
「UNIQLO」各種サイト、「iida INFOBAR」など。
またプロデューサーとしてマニュアル・オブ・エラーズ全体の仕事を取り仕切っている。
所属プロダクションによるプロフィールはこちらへ。





