
©京都アニメーション/うさぎ山商店街
マニュアル・オブ・エラーズ(マニュエラ)が制作を担当した、アニメ『たまこまーけっと』の音楽。この連載では、『たまこまーけっと』をより楽しむために、マニュエラの作家陣に音楽制作の詳細を伺っています。今回からは、藤本功一、宮川弾、山口優の3氏が登場です。音楽プロデューサーを務めた山口氏、OP「ドラマチックマーケットライド」の編曲を担当した宮川氏、そして同曲の作詞を担当した藤本氏……という単純な役割分担では終わらなかった今回のプロジェクトについて、詳細に語っていただきました!
SSWとしての側面と、音楽職人としての信頼
——今回は山口さんのご提案で、藤本功一さん、宮川弾さんとの鼎談という形になりました。
山口 藤本にはオープニング曲「ドラマチックマーケットライド」 の作詞と、エンディングのカップリング「キミの魔法」の作詞&アレンジをお願いしています。一方、宮川は「ドラマチックマーケットライド」のアレンジと、 エンディング曲「ねぐせ」の作詞を担当している。あとで触れるつもりだけど、キャラソンでも作詞、作曲、アレンジをバラバラに頼んでます。この2人はシンガーソングライターという側面と、バラバラに発注してもきっちり対応してくれる音楽職人としての信頼の両方があるんですよね。
藤本 作詞とアレンジがセットという発注は初めてだったので面白かったです。弾さんはアレンジだけという仕事は普段たくさんしてますよね。
宮川 うん。でも他人の曲に歌詞をつけるのは実は初めてでした。僕は作曲する時メロディと歌詞が同時に出てくるタイプなので、いつもとは勝手が全然違いましたね。
山口 噂では弾ちゃんは振付しながら歌詞を考えるそうだけど、本当なの?
宮川 振付にすごいこだわりがあるわけではないし、それが使われないことも分かっているんですけど、曲にしても詞にしても、ちょっと油断すると自分のテリトリーに収まってしまう気がするんですよ。身近というか、狭い世界に収めてしまいそうになるのが怖いなって。でも振付って日常にあるものではないし、それこそ最初からアウトプットを想像して作るためには有効だったりする。サビでどう動いているのかを想像すると、抜けが良いものができるかな……っていうことなんですよね。
山口 なるほど。プロデューサー的な視点に立つために振付を使うんだ。弾ちゃんが自宅で1人で振り付けしてる姿を想像するとちょっと笑っちゃうけど(笑)。あと「振付して止まったところの口の形がかわいいかどうかも大事」とも言っていたよね。
宮川 伸ばしているところとか、長くそこで声を出しているところの口の形は、いつも気にしちゃいますね。これは、視覚的な部分が結構大きいんですけど。

山口優氏
山口 藤本が作る歌詞も、母音の場所をとても意識してると思うんだけど。
藤本 母音と、あとは小さい“ツ”や“ン”なんかの撥ねは気にしますね。弾さんのビジュアル的な部分での気の使い方とか、独自の世界やストーリーを作っていくところはすごいと思います。僕は単純に音や韻を気にしているので、そういう意味ではヒップホップに近いのかなあと。「ドラマチックマーケットライド」のAメロなんかは特にそうなので、そこを注意して聴いてもらえたらうれしいです。
山口 「ドラマチックマーケットライド」も1回歌詞を書き直してるけど、撥ねや母音だけ残して別の言葉に変えたりしてたもんね(笑)。一方で弾ちゃんが書いた「ねぐせ」はタイトルからして意味深。
宮川 キャラクターに対する自分なりの理由付けみたいなの、しちゃうんですよね。妄想と言われればそれまでなんですけど。
山口 あの曲は監督からのリクエストも“青春のモヤモヤ感”みたいなものだったから、妄想満載なのは、まさに正解だと思うよ。

藤本功一氏
ソフトロックと、やり過ぎ感
山口 アレンジに関してはどうでした?
宮川 最初にソフトロックというお題がありましたよね。
山口 ソフトロックと、やり過ぎ感。この2つがお題だったよね。
宮川 だから、ちょっと過剰というか、ソフトロックの語法で派手なものという方向性でとらえていました。1個1個の表現を大げさにしていくという感じで。

宮川弾氏
山口 ちなみにソフトロックは、結構聴いていたの?
宮川 再発がたくさん出たころに聴いていましたけど、カート・ベッチャーとか、あの辺の音楽にものすごく思い入れがあったというわけではないですね。むしろ派手にするという意味では、ミシェル・ルグランとか、ああいう方を目指したかもしれない。
山口 面白いことに、劇伴の方では片岡(知子)が「今回はルグランはオシャレすぎるからやめた」って言ってるんだよね。
宮川 それは知らなかったです。僕オシャレすぎましたかね(笑)。
山口 メリハリがついたってことで(笑)。70年代のポップスアレンジという点で言えば、弾ちゃんが他にやっている仕事でもそのテイストはあるわけだけど、やっぱりその時代には思い入れはある?
宮川 70年代のポップスは、実はすごく思い入れがあるわけではないんですよ。それこそラヴ・タンバリンズをやるときに参考資料として聴いてたくらいで……。ストリングスとか管を使ってアレンジをするときも、そんなに気にしているわけではないんですが、80年代に生弦を使うという意識が1回途絶えちゃったと思うので、そういう意味ではどうしても70年代まで戻ってしまうところはありますね。
山口 「ドラマチックマーケットライド」は渋谷系とも言われてるけど、弾ちゃんはまさに渋谷系の真ん中にいた人だよね。
宮川 今の若い人が渋谷系とそれ以外のものの区別が付かないのは、たぶん80年代を経験してないからだと思います。いっぺん70年代との断絶があって、それをあらためて取り上げてしまったから渋谷系みたいなことを言われ始めたわけで。今回はそのプロセスと同じことを、もう1回ちゃんとした形でやったから渋谷系に見えているのかな?
山口 そうだと思います。生楽器のメソッドは、ポップスにおいては70年代で行き止まったいい意味での“枯れた技術”なのかな?
藤本 ストリングスの譜面を見たら、かなり真っ黒でしたね。
宮川 そうだね。もちろんスタイルやメソッドは変わらないんだけど、70年代にあんな玉だらけの譜面があったかと言うと、それは無かったと思います。あんなに細かいことはやっていなかったでしょうね。
藤本 それぞれの楽器が過剰になっているんですかね。例えば70年代であれば、ドラムは手数はあんなに多くなかっただろうし、ベースもあそこまで動くことはなかっただろうし。
宮川 ストリングスでは、シンコペーションのポイントに対して、 そこに行くための“説明”というかきっかけをすごく増やしてあるんですよ。派手にするために。ドラムにしても“食い”のポイントだけではなく、そこに行くための引掛けをフィルとして多くたたいてもらっている。そういう意味では、70年代にはそこまでやっていなかった音だと思います。
山口 90年代だったらそういうことはやらなかった?
宮川 当時はさらっとしてることを良しとしてる部分がありましたからね。
藤本 たぶん90年代にはそのまま70年代が引用されていたんでしょうね。だから過剰ということで言えば、まさに10年代なのかもしれませんね。

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渾身のコーラスアレンジ
山口 「ドラマチックマーケットライド」では、コーラスもすごくソフトロックっぽかった。女声が信じられないくらい高くて、男声が少し低めで、間がかなり空いているというラインになってて。
宮川 メインの歌のところを空けて、上下で挟み込むような形が割と多かったですね。それでも女性キーのちょっと下なので、男声自体もかなり高いんです。
山口 なるほど。
宮川 そもそも混声の男女ということ自体がソフトロックなんですよ。
山口 ソフトロックってゴスペルのもう1つの進化型だから、それの由来なんだろうね。黒っぽい節回しじゃなくて和声を複雑にしていった流れの方。今回は特に動きも派手で、引っ掛かりもいっぱいある。
宮川 あのコーラスアレンジは、もうやりたくないなぁ(笑)。
山口 渾身の一撃なんだ(笑)。最終形だとよく聴き取れないかもしれないけど、コーラストラックだけ聴くと、これでもかってくらいアイデアが詰め込まれてるよね。
宮川 本当に渾身ですよ。コーラスは一番難しくて、弦より全然大変ですから。まず書いている譜面の音域で、人によってどういう声になるかが分からない。だから、どれくらい想像して書くかという問題があるんです。 あとやっぱり弦と違って息継ぎを考えないといけないし。
藤本 そうですよね。
宮川 あと、いわゆるクラシック的な禁則事項が一番響いてきちゃうのもコーラスなんです。弦の人たちは平均律に慣れてきているからある程度無茶しても“鳴る”けど、声はどうしても純正律に近いものだから、5度なんかを連続させるとすごく嫌な感じがする。それこそ「モスラ」とか宗教音楽をやるなら良いんですけど、それを避けたい場合の大変さと言ったら。
山口 ストリングスとの関係も考えないといけないし……。それにしても今回のアレンジは上がってくるの速かったなあ。
宮川 泣きながらやりましたけどね(笑)。
(次回は後編をお送りする予定です)
山口優(やまぐち・すぐる)
マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツ代表。1987年に松前公高とのユニット“EXPO”でデビュー。
現在までCF・ゲーム・テレビ・Web・プロダクトなど様々なメディアのサウンド制作を数多く手がけている。
「UNIQLO」各種サイト、「iida INFOBAR」など。
またプロデューサーとしてマニュアル・オブ・エラーズ全体の仕事を取り仕切っている。
所属プロダクションによるプロフィールはこちらへ。
宮川弾(みやかわ・だん)
93年、ラブ・タンバリンズとしてデビュー。
解散後アレンジャー、ソングライターとして活動を始める。
太田裕美、南波志帆、安藤裕子、伴都美子、花澤香菜などへの楽曲提供を中心に、
近年は「たまこまーけっと」「まおゆう魔王勇者」「こばと。」「ココロ図書館」などテレビアニメでも活躍中。
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藤本功一(ふじもと・こういち)
音楽学校でギター演奏や音楽理論を学び、その後、バンド活動やコンピューターによる楽曲制作を開始。
ギター中心のものから打ち込み主体のものまで、いわゆる「歌もの」を得意分野としている。
kylee、さくら学院、ASIAN KUNG-FU GENERATIONなどに楽曲提供・アレンジで参加。
近年ではアニメ「キルミーベイベー」のオープニング、エンディング曲の作詞・リミックスを担当。
所属プロダクションによるプロフィールはこちらへ。





