77GBの大容量ライブラリーを使用
レア楽器やデジタル・ピアノ音色まで収録
収録楽器数は36種類。アコースティック・グランド・ピアノは、オールマイティなYAMAHA C7で、これ1台でさまざまなジャンルに対応にできる音色のバリエーションが得られます。エレクトリック・ピアノには1973年製RHODES MK1、ハンマー・チップを固いものに改造して強めのEQとモジュレーション系エフェクトを施したRHODES LA Custom E、WURLITZER 140B、200A、HOHNER Pianet、YAMAHA CP70に加え、ROLAND MKS/JDのエレピ音色や現代のものとしてVINTA
GE VIBESのエレピも収録しています。
そのほかアップライト・ピアノ、HOHNER Clavinet、チェレステ、クラビコード、トイ・ピアノ、キー・ベース、スチューデント・タイプのミニ・ピアノや聴いたこともなかったようなレアな鍵盤楽器までを用意し、まるで博物館のような感じすらします。画面には各楽器の成り立ちや収録エンジニアの名前、楽器のシリアル・ナンバーが記載されていたりするのも相当面白いです。
Keyscapeはフル・インストールで77GBとかなり巨大なライブラリーになっていますが、試奏してみたところマルチサンプルの境目などは全く感じさせられず、演奏することに集中できるレベルの仕上がりです。打弦/撥弦系のキーボードに最も重要なポイントでもあるベロシティ調整もSETTING画面でプリセットを選べます。ユーザー・プリセットとしてセーブできるので、使う環境や好みに合わせて選ぶことも可能です。それによってタッチによる表現の幅がとてもリアルになり、ソフト音源でありがちなダイナミクスの狭さも全く感じません。
少ないパラメーターで的確なエディット
楽器本来のノイズやクセまで再現
Keyscapeではそれぞれの楽器に多種のバリエーションが用意されており、計500音色を収録。音色ごとに的確なエディット用ノブが簡潔に表示されます。アコースティック・ピアノのピュアな音色ならMAIN画面にリバーブ、リリース・ノイズ、ペダル・ノイズ、ベロシティ・センス。EQ/COMP画面にはピアノに最適なEQポイントとコンプの調整に加えテープ・コンプレッションといった具合です。厳選したパラメーターですが、その変化の幅がとても大きく、音楽的なのがポイントだと思います。音色によってはMAIN画面にCHARACTERというパラメーターが表示され、用途に合わせた音作りも可能に。アップライト・ピアノの“Honky Tonk”ではハンマーに打ってある画びょうのニュアンスを調整できたりします。面白いところではWURLITZER 200AでMIXを“Mechanical”だけにすると、電源を入れていない200Aを弾いているときの鍵盤のカタカタ音と、本体から薄く聴こえてくるリードの音だけにできます(
画面①)。調整次第で、200A本体の内蔵スピーカーをマイクで拾った音も再現可能です。
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![▲画面① WURLITZER 200Aの画面より。左のWurlitzerがライン出力、続くMechanicalがキー・ノイズやリードをたたいた“生音”で、ミックス・バランスを調整できる]()
▲画面① WURLITZER 200Aの画面より。左のWurlitzerがライン出力、続くMechanicalがキー・ノイズやリードをたたいた“生音”で、ミックス・バランスを調整できる[/caption]
Clavinetの音色では、打鍵によるチューニングの揺れやアタック、リリースのノイズ感を非常に生々しくサンプリング。これらが調節可能なので、この楽器独特のあいまいな要素から生まれる味わい、荒さ、不確実さが素晴らしく再現されています。こういった要素こそClavinetのファンキーな印象につながるだけに、楽器としての表現力を最大限再現したいという執念を感じます。楽器にはそれぞれに独特のノイズやクセが特徴としてありますが、それらをきちんと個性としてとらえて収録した上で、音楽的に使いやすくまとめてあるので、向き合う側としてはよりリアリティを感じながらプレイに集中できそうです。
さらにKeyscapeの莫大なライブラリーを同社のソフト・シンセOmnisphere 2(別売り)のSTEAMエンジンでシンセサイズすることができるというのも強み。懐古では終わらない現代的な活用方法でもあると言えます。
総合的な印象として、どの音色も非常にイマジネーションを刺激するプリセットに仕上がっており、ビンテージ・キーボードのソフト音源というよりは、まるで“良く調整されたビンテージ・キーボードが手元に素早く用意されている”ように感じます。ライブラリーが大きい割には音色のロード時間が非常に短く、ストレスを感じることもほぼ無いと言えます。機能をてんこ盛りにすることなくプレイすることに主眼を置いた音源として簡潔に仕上がったKeyscapeはこれからのソフト音源の在り方に一石を投じるのではと思えるほどの、楽器らしい音源でした。
(
サウンド&レコーディング・マガジン 2016年12月号より)